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プロフィール

Author:琴葉
2014年3月、突然夫が脳幹出血で倒れ、遷延性意識障害に。
また取り戻したい、夫婦の幸せな時間・・・
在宅を目指す日々や届いたメッセージを綴ります。

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~先のことは考えない~ 在宅介護生活目指して・・・時々神さまからのメッセージ
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転院しました
先月22日、転院した。
今度の病棟は、地域包括ケア病棟。
ここは、最長で60日の入院期間と定められている。
その後は、いよいよ在宅する。

在宅に向けて、日々準備をしている。

まだ、解決していないことがいっぱい。

リオの開催が見事間に合ったように、私も必ず喜びをもって
在宅生活をスタートさせる。

病院が変わると、また新たな環境、人間関係が始まる。

夫の状態も、日々接している私が一番知っているので
病院間で情報が届いていても、とにかくお伝えすることからになる。

私も転院は4回目になるので、過去学んだことを活かせるように
成長した。

問題が生じても、冷静に、誠実に話し合えば、通じ合えて
お互いに信頼関係が出来てくる。

私は夫を通じて、諦めない、人を信じる、感謝するということを
学ばさせてもらっている。

それと同時に、重度障がい者に対する世間の風潮も
味わっている。

それを極端に表しているのが、相模原での事件だ。
あの事件は特別だけど、その考えの芽には、至るところで
出会う。

役所や病院関係者、友人や、身内の中にも・・・出会うのだ。

重度障がい者が生きている意義(価値)はあるのか
ただ、お金がかかる、人手がかかる、迷惑がかかる存在という
考え方。

世間に貢献?できる人だけが大切、生きる意義(価値)がある?

私の考えを言うなら、みんな生きてることこそ全て意義があるのだ。

私が夫との今の現実で気づかされ、教えられ、与えられていることは
沢山ある。
もっとも大きなものは、愛、個人的な愛を超えた、愛だと感じている。

全ての人は、与えているし、与えられている。
全ての人がそうなのだと感じている。

苦しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、楽しいことも、喜びも、感動も
全ての人が、全てを、与えることも、与えられることもしていて
愛を気づかせ、育むことができていく。

転院した最初の日、主治医になってくださった先生が
幸せって何だと思う?と問いかけてくださいました。

私は、答えられなかった。
簡単に答えられるものでもないけど、わからないのではなく
感じつつあることだと思った。

幸せって、永久に感じていくもの
幸せの内容ではなく
感じていくもののような気がする。
そして、愛が幸せに繋がっている。
答えになっていないかなぁ。

毎日することが山盛り。

まず、役所に、知ってる人だけが得するのもいかがなものか
介護一人つけるとお金がかかるんですよ
申請は、ほとんど通らないですよ
といわれた申請の準備をしよう。

この申請のことを教えてくれた、ひろこちゃんに感謝です。
絵に描いたもちの制度は、意味ないよね。













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